桜色の人鳥

適当理論と小説置き場。たまに日記。小説を読むときはカテゴリ「目次」から。

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古い映画館・中

「次は魚だな」
 魚もまた凶暴なのだろうか。さっきの蛤で痛感したが、常識が通じないという事だけは忘れてはならない。改めて胸に刻み込んでいると、高杉が口を開く。
「でもおかしくない? 海で魚を見た?」
 高杉の一言に先程までの蛤との戦闘を思い出す。蛤ばかりに目がいっていたが、その背景に魚はいただろうか。それどころか海の中に蛤以外の生物の姿を確認できていない。魚はどこだ。
 試しに高杉と海の中へ入ってみたが、魚どころか蛤もいなくなっている。生物の気配が全くと言っていいほどに感じる事が出来ない。たかだか三匹の魚が見つけられない事に苛立ってしまう。
 高杉は「腹が減った」と、でかい腹を撫でながら脱力しているようだ。パンツがずり落ちて、尻の割れ目が見えている事にも気づいていない。
 蛤程度の食事で、あてもなく動き回ってはいずれ限界もくる。そうなってくると、自然と高杉との間に不穏な空気が流れ始めた。
「お前には脂肪というタンクがあるだろ」
 こんな言葉が言いたい訳ではない。むしろお互い協力し合わなければならない状態だ。それなのに喉を通り口から出てくる言葉は、相手を傷つける暴言だけ。
「人の体形に文句を言うなんて最低だ! それは全世界の肥満体形に対する偏見だぞ」
「私はお前に対して言っているのだ。他人を盾にする方が最低ではないのか」
 こんな喧嘩は望んでいない。誰か私の口を止めてくれ。しかし私から謝るのは嫌だ。面倒くさい性格と言われればそれまでだが、男には譲れない物があるのだ。それに高杉も悪い所がある。道具小屋からスコップを持ち出したり訳が分からない行動をして、私を苛つかせていた。
 ふと、先程高杉が小屋から持ち出した、スコップが目に入った。小屋から三メートルほどの所に刺さっている。目の錯覚か、陽炎のせいなのか、スコップが微妙に揺れているように見えた。体力も限界なのだろうか。脳味噌が目に異常を与え、休まなければいけないと警告している。高杉と言い合うのにも疲れてきた。
「悪かった。元はと言えば私が連れてきたのだ。お前には文句を言う理由がある」
 謝ろうと思えばすぐに謝る事が出来た。男には譲らなければいけない時もある。改めて考えると原因は私にあるのだ。自分の非を認めず、無駄なプライドなどにすがっていては、それこそ愚かで馬鹿な事である。先程までの意地になっていた自分が恥ずかしい。
 高杉は急に謝られた事に驚いてしまったのか、言葉につまづきながらも「あぁ……」と頷いてくれた。恐らく高杉の中では今、自分も言い過ぎてしまったかという後悔が生まれている事だろう。
 面倒な喧嘩は先に謝った方が、精神的に勝利を収められる事が出来る場合もある。相手が高杉のように単純で優しい奴の時などは。
「容姿を馬鹿にされたから俺も怒っちゃったけど……言い過ぎたよ。ごめん」
 このように高杉からも謝ってくれる。どうだろうか、客観的に見て私の方が大人に見える事だろう。
 しかし問題はこの後にある。そう、仲直りした後に残る妙に照れくさい空気だ。異性同士ならドキドキし、同性同士ならなおさらどうしていいのか分からない。次の一言に何を言えばいいのか。高杉も私と同じように照れくさい空気を感じているのだろう。一言も話さず指遊びをしている。
 男同士がそわそわとしている姿程、ノーマルな人間が見て気持ち悪いと感じるものはあるまい。しかし当の本人、つまり私と高杉はどうすればいいのか分からないのだ。ここでこのまま二人でゲイになっている時間はないというのに。
 こういう空気で話しかけるのは相当な勇気がいる。相手の動向を見張り、頭の中で様々なシュミレートを完了させ、ベストな一言をかける。まるで中学生の男子が初めての告白をするように。さあ、今から声をかけるぞ。勇気を出せ。魚を探そうと声をかけるのだ!
 汗をぬぐい、顔を上げ息を吸い込んだ。そして声を出す瞬間。
「あのさ……ここにいてもしょうがないから魚探そう」
 高杉に先を越された。一世一代の告白を、相手に言わせてしまった。そんな敗北感。後、数秒だった。後少し早く言う事が出来れば。
 悔しさを喉にしまいこみ、かわりに冷静さを装飾させた「そうだな」という言葉を返した。
 

 無駄な時間を過ごしたような気もするが、もう一度魚探しを始める。もう海の中にはいない事が分かっている為、今度は陸の岩場や、空を探す。非常識なこの世界で魚が空を飛んでいようと不思議ではないと思った。
 だが、岩場の隙間にも空にも生物はいない事が分かると、高杉は砂をつかんで悔しそうに投げ飛ばしはじまる。そんな事をしても体力を使うだけだというのに。
「――……」
 小さく小さく風にのって何かが聞こえた気がした。もう幻聴まで聞こえてきてしまったのだろうか。
「――せろ……」
 やはり聞こえる。誰の声だ? 
 聞こえてくる方を振り向くと高杉がいた。
「――せろ……」
 高杉の口は動いていない。動いているのは高杉の足元。砂だった。先程高杉が砂をすくい上げたくぼみが、聞こえてくる声に合わせ振動している。
 高杉もそれに気付いたようで、聞こえてくる声に目を丸くしていた。
 もしや、いるのかそこに……魚が。
 いても不思議ではないじゃないか。何故気付かなかった。貝が弾丸のように海を動きまわり、魚が砂の中で生活していても、それがこの世界ではないか。
 期待を込めながら、急いで砂を手で掘る。土とは違い、かきあげる度に指かさらさらと砂がこぼれ落ち効率が悪い。だが、そんな事は今胸の中にある期待に比べたら些細な問題だ。
 必死に砂を掻き分け、一五センチ程穴を掘ると、つやつやと鮮度の高そうな魚の口が見えた。期待が確信に変わり、目を輝かせながらさらに砂をかきわける。
 どうやら頭を上にして、直立した状態で埋まっているようだ。
 完全に頭が出てくると、気持ちの悪い魚眼をぐるぐると動かし、口をパクパクさせはじめる。背中は青黒い色をしていて、口先が黄色い。見事な秋刀魚(サンマ)だった。
 砂の中にいたくせに、濡れているようなその質感と、狂ったような感情の無い目が恐怖を生み出している。
 気持ちは悪いが、頭を掴み引っ張る。しかし表面がぬめぬめとしていて、力が入らない。それどころか、全く抜ける気配すらないのだ。
 ためしに周りの砂を掘り出してみるが、どういう理屈か砂が一定以上減らないのだ。どうやって秋刀魚をとればいいのか。そう悩んでいると。
「髪の毛食わせろ」
 突然、秋刀魚はぱくぱくさせていた口から声を発した。そういえば掘る前にも声が聞こえていたが、こいつが直接話していたとは。
「髪の毛食わせろ、髪の毛食わせろ」
 壊れたおしゃべり人形のように無機質で抑揚のない声をだしている。内容と容姿があいまって尚更気持ち悪さに拍車がかかった。
「髪の毛食わせろ」
「食わせたらどうなる?」
「髪の毛食わせろ」
 こちらからの問いかけには意味がないようだ。私達からしたらお前を食わせろと言いたいのだが。
 試しに高杉の髪の毛を食わせてみようか。高杉に向かって「少し屈んでもらえるか」と頼むと、私を疑う事なく屈んでくれた。目の前にある茄子のヘタのような髪の毛を一本……だけつまむのは難しいので、五本程抜き取る。
「アオッ!」
 外人のようなテンションで痛がる高杉に「すまない」と平謝りし、秋刀魚の目に見えるように髪の毛をちらつかせる。
「髪の毛食わせろ! 髪の毛食わせろ!」
 見せた途端、先程より強い反応を示し、言葉に抑揚が現れた。まるで急かされているような気持ちになり、慌てて手元の髪の毛を秋刀魚に食わせる。
「うまい。うまい。脂がのってる」
 どうやら高杉の髪の毛をお気に召したようだ。秋刀魚は、ゆっくりとテイスティングするように、髪の毛を口の中で楽しんでいる。
 しばらく様子を見ていると、秋刀魚は急に震えだし、「イク、イク、イク!」と卑猥にも聞こえる言葉を発しはじめた。魚に生理的嫌悪感を感じるのは初めての経験である。
 震えと声が徐々に大きくなりだしたその時、「嗚呼……」と気持ちよさそうな声をあげて、秋刀魚は砂から三メートル程飛び上がりそのまま息を引き取った。
 髪フェチのアブノーマル変態秋刀魚は、その命を最後のプレイにて見事に散らせてみせたのだ。意味は分からなかったが、自らの性癖を隠しもせず、我が道を逝った秋刀魚は、そのままキッチンまで丁寧に運んだ。
 残りは二匹。私はもう一匹の場所に心当たりがあった。高杉が持ち出したスコップ、それがいまだに砂浜に刺さったままだ。そし てスコップは――揺れている。
 初めは錯覚かと思っていたのだが、砂の中に魚がいる事が分かった今となっては、明らかに怪しいではないか。
 高杉はその体形ゆえか、限界らしいのでキッチンで待たせ、一人で探しに行く。
 スコップに手をかけ、引き抜くと「ハー……ハー……」と疲れたような息遣いが聞こえる。どうやら当たりのようだった。
 スコップで魚を傷つけないように気を付けながら掘り返すと、黒い背中に丸い顔、くちばし状の歯が特徴的な魚の針河豚(ハリフグ)が顔を出した。河豚は私を見つけると、秋刀魚とは違い感情のこもった声をあげる。
「苦しいじゃないのよ!」
 頑張って高い声をだすが、かすれてしまっているオネエのような声質をしている。
「もう! スコップを深く刺しすぎよ! いきなり口にくわえさせるなんて激しすぎるわ!」
 砂の中でスコップの先を咥えていたらしい。それは確かに辛かっただろう。試しに回りを掘ってみるが、やはり先程と同様に、一定の深さから砂を掘る事が出来ない。
「無駄よ」
「どうすればいい」
「んーそうね……」
 針河豚は私を見つめたまましばし考え込んでいる。
 それにしてもオネエの針河豚とは妙に似合っているではないか。くちばし状の歯がでている口がおちょぼ口のようにも見える。少なくとも秋刀魚のような気持ち悪さはなく面白い。
 そんな事を考えていると、針河豚は「分かったわ」と、考えがまとまったようだ。
「それでどうすればいい?」
 再び問うと、何故か針河豚は言葉を詰まらせているようだ。上体をそわそわと動かし、目でちらちらと私の表情を伺う。その度に口を開きかけるのだが結局閉じてしまう。
その姿に恥じらう乙女のようなビジョンが重なり眉を顰めた。それを見た針河豚は私が苛ついていると思ったのだろう。決心したようにまっすぐ私を見据え口を開いた。
「キス……して」
 こころなしか、針河豚の頬が紅潮し目が潤んでいる。その姿にときめきを……覚えそうになったが、見た目のインパクトのせいで台無しであった。
 これが本当に人間の女性で、恥ずかしがりながらも上目使いでキスをねだるという場面だったなら、私はむしゃぶりついていただろう。だが相手は魚類である。それもオネエというおまけがつく。
 さらに言うなら私はキスをしたことがない。幼いころに親に無理やり奪われたりしたのはノーカウントとして、今まで彼女をもったことのない私にとって、初キスというものは人生において最高の出来事になる予定なのだ。
「私の友人が近くにいるのだが、そちらでは駄目か」
「私は貴方がいいの」
「私より男前かもしれないが?」
「顔じゃないの、貴方と出会った運命を私は失いたくないわ」
 高杉を犠牲にすることも出来ないようだ。ではどうする。これまでの苦労を捨て、この挑戦を棄権するか。恥を捨て夢を捨て憧れを捨て、男になるか。
 後ろを振り向くと、遠くで高杉が太ったからだを太陽にさらしながら溶けている。実際には転がっているだけだが、陽炎と汗のてかりによって溶けているように見えた。
 高杉も私と同様にキスをしたこともなければ、彼女も出来た事がないはず。私は正直に言えば、高杉を下に見ている。こいつは馬鹿だ、こいつは阿呆だ、こいつは私より不細工だ。だが、彼女事情やキスに関しては同レベル。それならば私は……男になる。
「キスを……しよう」
 そう告げると、針河豚は目をそっと閉じた。その顔の不細工な事。しかし私の脳内では目の前にいる河豚を、転がりながらキスを求める美女としてとらえていた。
 現実と妄想の戦いの中、日々培ってきた妄想力を限界まで引き出す。私はうつ伏せに転がり、砂のくぼみの中に頭をつっこんだ。
 目の前には魚類の針海豚、目を閉じると美女。私は目を閉じたまま妄想の美女に唇を近づける。
 針河豚の口から漏れ出す生臭い息が、吐き気を胸の奥からひっぱりだして来るが、吐くわけにはいかない。私は息を止め、そのままキスをした。
 その瞬間、顔に針で刺されるような衝撃が走った。キスとはここまでの衝撃をもっているのか! 凄すぎてもはや痛い。というより痛すぎる。
 あまりの激痛に思わず目を開けると、針河豚は膨らんでいた。全身の針がまっすぐに立ち、そのいくつかが私の顔に刺さっている。「痛っ!」と思わず叫び、針河豚から顔を離し、顔を抑えうずくまった。目に針が刺さらなかった事が不幸中の幸いと思うべきか。
 顔から出血していると思ったが、手には血がついていない。結構深く刺さったと思ったのだが。
 そこでふと自分の体を見て気付いた。ハマグリにつけられた青痣が全て消えていたのだ。いつのまに消えたのか記憶がないが、飯を食う為に怪我をおってしまうというのは、あの爺にとっても本望ではないのだろうか。
 この非常識の世界において、怪我を負わない理由などそんなものかもしれない。そういうものだと信じるしかない。
 針河豚に目を落とすと、体を膨らませ針を立たせたまま、一番醜い姿で絶命していた。しかし、その顔はどこか安らかにも見える。彼の……いや彼女の夢を叶えられたのなら、私のキスも無駄ではなかったようだ。
 針をつまんで引っ張ると、砂からすぐに抜け、手の中におさまる。私は高杉の待つキッチンへ針河豚を優しく運んでやった。
「二匹目を捕ってきた」
「お疲れー」
 私の持ってきた針河豚を見て高杉はわらっている。
「高杉、お前はキスをしたことがあるか」
 突然の私の問いに高杉は「いや……その……ない」と答えた。
「そうか、私はあるぞ。顔が痛くなるほどの濃厚なキスだった」
 何も応えない高杉であったが、その顔は悔しそうだった。誰といつキスしたのかについては墓場までもっていくとしよう。恐らく私は世界で初めて針河豚にキスをねだられた男である。
「残りは一匹だな」
 空気を変えようと高杉に語りかけると、かわりにかえってきたのは「ぎゅる……る」という腹の音であった。蛤を食べてから相当な時間がたっている。私も腹が減った。最後の一匹を探す前に、飯を食おうではないか。
 秋刀魚は七輪で塩をかけながら高杉が焼き、私は河豚に包丁を入れ、体を裏返し針を抜いた後、刺身にしてやった。
 特に問題なく調理は完了したのだが、問題は食事する時に浮上した。高杉の髪の毛を食った秋刀魚を食べる気になれないのだ。
「秋刀魚食べないの?」
 そう無邪気に聞いてくる高杉に対して、私は彼を傷つけないよう、言葉を選びながら丁寧にお断りした。
 逆に高杉が針河豚の刺身に手を伸ばそうとした時、私は無意識の内に高杉の手を掴んで引き留めてしまっていた。「何だよ」と聞いてくる高杉に対して私も答える事が出来なかった。何故なら適切な答えをもちあわせていなかったから。
 どれだけ醜い相手だろうと、キスを済ましてしまった相手に対して独占欲は芽生えてしまうものなのだ。私の初キスの相手は、私のものだけだという独占欲が、高杉の腕を止めてしまっていた。しかし、それを口にすることは恥をさらすに等しい。だから私は「俺も腹が減っているんだ。秋刀魚は全部やるから、針河豚は私にくれ」と理由をつけて針河豚を守った。
 奇妙な食事を終え、最後の魚を探しに高杉と別れて行動を始める。二人で同じ場所を探すよりも、二手に分かれた方がいい。そういう考えだ。
 いい加減この訳の分からない状況から抜け出したい。既にこの世界に慣れ始めている自分に不安を覚えてしまっている。
 魚は砂の中に潜んでいる事は既に分かっているので、持ち出していたバケツを使って砂を掻き出しながら探した。高杉にはスコップを渡している。広大な砂浜の中、勘だけを頼りに砂を掘った。
 無謀であるように思えるが、これ以外に方法はないのだから無謀ではなく賢明である。
 そうこうして、二手に分かれてから一時間程、進展はいまだなし。髪の毛を容赦なく炙ってくる太陽を訴えたい。もしこれで毛根が死滅したならば、殺人罪で太陽を地の底へ落としてやろうではないか。
 そんな事を考えて気を紛らわせていると、「おーい」と、高杉が遠くで私を呼んでいる。魚を見つけたかと、走って高杉のもとまで向かうと、砂から明らかに異質な物が飛び出している。
 それには見覚えがあった。映画やテレビでしか見た事がなかったが、鮫(サメ)の背びれである。それに気づいた私は全力で後退した。
 私は昔、鮫に襲われるパニック映画を見てからトラウマになっているのだ。正直に言って、鮫が怖い。
 そんな事を知ってか知らずか、高杉はスコップで掘り出しながら「手伝えよ」と、文句を飛ばす。
「それが何か分かっているのか!」
「鮫じゃないの?」
「鮫だ!」
 こんなやりとりをしている内に、砂はどんどん掘られていき、鮫の口が、歯が、姿を現した。
 一口で半身をもっていかれそうな大きさと、鋭い歯が私の恐怖をより一層濃いものにする。
 高杉は能天気に「どうせ襲いかかってはこないって」と、さらに掘り進め、ついには鮫の頭が出てきた。例によって、それより深くは掘れなくなっている。
 頭だけで全身を想像すると、身震いするほど大きい。というより、鮫は魚なのか、むしろ鮫にとって私達は肴なのではないだろうか。
 鮫は私達と太陽を見て、口を開いた。
「久方ぶりの太陽だ……眩しいな」
 どうやら長い事埋まっていたらしい。太陽光を頭に浴びながら穏やかな声をあげる。
 私は恐る恐る鮫に質問をした。
「願いは……なんだ」
 そう聞くと、鮫は気持ちの悪い目玉で私を見つめながら「俺を食いたいか?」と質問返しをしてくる。相手が人間だったならば、質問を質問で返すなと叱っていただろう。だが、ただでさえ苦手な人外の危険生物を前にして、怒る事など出来なかった。
 食いたいかどうかと言われれば食いたくなどない。口に入れることすら恐れ多い。それでも食わなければあの爺に負けてしまう。
「食いたい」
 空気を噛み潰すように、嘘を吐いた。鮫は私の答えを聞き、溜息をついてから「俺の願いは……」とためを作り
「俺を殺してくれ」
 と、語気鋭く言い放った。
 戸惑った。訳が分からない。今までの魚達は自分の欲望を願った。それなのに、恐れさえ抱く、その気になれば私達を殺せてしまう、この鮫は何故こんなにも力強く俺を殺してくれなどと言えるのだろうか。
「それが願いなのか?」
 確認のつもりでもう一度問う。しかし、鮫はやはり「殺してくれ」と頼み込んできた。
 狂っているのか、それとも鬱にでもかかっているのか。私の脳味噌ではそれ位の理由しかでてこない。だが、それが願いだというなら叶えてやろうではないか。殺すだけなら簡単だ。既に高杉はスコップを構えている。
「さあ、どうした。早く殺してくれ」
 鮫も既に殺される覚悟はできているようだ。魚には痛点がないと聞くが実際はどうなのだろう。どうであろうと、出来るだけ手短に素早く終わらせてやろう。
 私は高杉にアイコンタクトを送った。高杉は軽くうなずくとスコップの剣先を思いっきり鮫の頭に何度か突き刺す。
 血が溢れだし、そのうち鮫は……動かなくなった。
 法を犯したわけではない。人が魚を殺すどこででも見かける普通の光景だ。それなのに何故か切なくなるのは会話が出来た事と、太陽を見つめる鮫の声がとても優しかったからだろうか。
 高杉も複雑な気分なのか、無言のままスコップを引き抜く。精神的に疲れる魚であった。
 しかしこれで三匹。ようやく魚三匹捕獲完了。後はこの鮫を食いペンギンを探すだけだ
 いやまて、この鮫を食うのか。この馬鹿でかい鮫を……。食いきらなければいけないというルールがまさかここに来て大きな壁になるとは。食糧をとるのが最大の壁だと思っていたが、浅はかであった。
 とりあえず、鮫をキッチンまで運ぶために砂から引き上げないといけない。
「お前は左側をもってくれ」
 高杉に指示をだし、私は右側を持つ。しかしどこに手をかければいいのか分からず、結局手を切らないようにしながら、口の中に手を突っ込んで引っ張る事にした。
「せーっの」
 高杉と声を合わせ、力の限り引っ張る。その瞬間、高杉と私は尻もちをついてしまった。何故なら全く重くなかったのだ。軽いものを重いものと勘違いし、力をこめてすっぽぬけてしまったかのような感覚。頭がちぎれてしまったのかと思った。しかしそれは違った。
 元から頭しかなかったのだ。
 首から下には何もなく、断面は爆発したかのようにぐちゃぐちゃだった。あの鮫は元から死んでいたようなものだったのだ。
 この非常識な世界で、自分が生きている事が不自然であると気付いていたのだろうか。こんな死にかけの体で、せっかくの生を、あの鮫は自ら捨てたのだ。そこにどんな意思があったのかは知らない。
 あの鮫は殺してくれと言い放った時、どんな気持ちで言ったのだろうか。どれだけ辛かったのだろうか。私たちが掘り出して太陽を浴びた鮫はどんな気分だったのだろうか。高杉もショックを受けたようで、驚いた顔のまま鮫を見つめている。
 死んでまで私たちの心を悩ませ苦しませてくる鮫は、立派な危険生物であった。
 その後、二人とも無言のまま鮫をキッチンまで運んだ。その足あとには鮫の血が点々と続いている。何故なのか、私と高杉は鮫をひきずってはならないような気がして、わざわざ持ち上げてきた。
 鮫を食べる為に調理を開始する。
 鮫の皮を綺麗に剥ぐ方法が分からないので、二人係で包丁をつかって無理やり剥いだ。骨から肉をそぎとり、適当な大きさに肉を切り分ける。
 そのいくつかを醤油で煮つけ、残りは衣をつけてフライにした。頭だけとはいえ、結構な大きさの鮫。二人で食べきれるのか不安な量の料理が出来た。これで全身食べなければならなかったら絶対に諦めていただろう。
 出来た料理を二人で腹に詰め込んでいく。初めは美味しく食べていけたのだが、煮つけの醤油の濃さと、フライの油で気持ちが悪くなりはじめた。
 料理をつくる時に食べる者の事を考えぬと大体後で後悔するものだ。
 策としてこちらには茄子タンクの高杉がいる。だが高杉の胃袋をもってしても、全て食べきるのに相当な時間を要した。逆に言えば高杉がいたからこそ食いきる事が出来たのだ。
 これからは茄子だ何だのと馬鹿にするのは四割程抑えよう。いや三割だ。
 胃が破裂するのではないかというほど腹が膨らんでいる。高杉にいたっては茄子どころか、網の上の餅のようだ。今のは高杉を馬鹿にしているわけではない。ただ光景を例えるとしたら餅が最適だっただけである。
 残りはペンギンだけなのだが、食い過ぎて歩ける気がしない。探しにいかねばならないのは分かるが、立つだけでもつらいのだ。こんな状態ではペンギンがあちらから会いに来たとして、腹にいれる事も出来ない。ところでペンギンは食べられるのだろうか。
 高杉と二人、パラソルの下までゾンビのように移動し、休憩する。今まで真上にあった太陽が斜めから私達を見下ろしている為、パラソルの意味はないのだが。空は少し夕焼けに染まりつつある。もう昼飯を食べに来ているという時間ではないだろう。暗くなる前にペンギンを探さねばなるまい。
 ある程度、胃の中のものが消化された頃、私達はようやく動き出した。高杉は私より多く食べた分、まだ「苦しい……」と言いながら汗をかいている。どこを探せばいいのかヒントが無いため、とりあえず叫んだ。
「ペンギーン!」
 実に馬鹿っぽい。暑いビーチでペンギンと叫びながら歩く男を見たら、暑さで頭が沸騰したものと私は目をそらすだろう。この恥は忘れぬぞ爺。
 ペンギンもペンギンで勝手に出てきてはくれないものか。ここまで頑張った私に食われる為、その身を捧げよ。月にいる兎を見習え。あの兎は旅人に化けた神様の為、自ら火に飛び込んだのだ。そのくらいの愛を見せたまえ。
「兎を見習え!」
 思わず思考が口から漏れ出していた。高杉が横眼で私を見ながら「何言ってんの?」と聞いてくるが、恐らく説明してもこいつには理解出来まい。私は一言で返した。
「愛だ」
「意味不明だね」
 やはり高杉には分からなかった。

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