桜色の人鳥

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趣味小説【塩味映画館】・上

前編
【塩味映画館】・上
 天気は快晴、これから出かける私を祝福してくれているような晴れ模様、神よ、そんなに私に気を遣わなくともよい。雨が降れば傘をさせばいいだけの話だからな。
 今日は以前よりコマーシャルやポスター、ネット広告等で散々自己主張してきた期待の新作映画、『私と亀』を見に行くのだ。たとえ嵐だろうと槍が降ろうと臨機応変に立ち回って見せよう。
 映画館までの道のりは徒歩十五分という短さ、元々田舎で育った私にとっては地元のコンビニまでの距離よりも短い。ありがとう都会。
 上映まで三十分。道中でアイスクリームを衝動買いし、これでもかと舌で抉るように舐めつくす。舌の部位によって感じる味が違うとテレビで見た事があるが、舌の上で溶けて広がったアイスは、どれも等しくミルクと砂糖の味だった。
 手に包まれていたコーンも、雑菌と共にざくざくと食し、胃の中へと蓄積。
 口を大きく開け空気を吸い込むと、バニラの風味が絡まり心地が良い。
 館内でチケットを買い、余裕をもってトイレへ向かったのだが、何故か男子トイレに女性が一人いた。
女性は鍵のかかった個室にむかって「大丈夫?」とか「まだ?」等と、どうやら彼氏が体内の穢れを排出中のようだ。
見た瞬間は頭がおかしいのかと疑ったが、昨今の恋人同士というものは頭がおかしいものだと納得。
いくら一緒にいたいといっても、排泄する瞬間まで立ち合いたいとでもいうのだろうか。汝、病める時も、富めるときも排泄する時も共に愛し合う事を誓ったのだろう。そう考えると何とも健気だ。
だがそれは自宅にいる時だけにしてはくれないか。他人の愛の形程、理解しがたいものはない。
トイレで人間の愛を確認しながら排尿を済ませ、売店で列に並ぶ。
 私の前に汚れのない目をした小さな女の子と、汚れた目をした大きな男性が並んで会話をしている。
 女の子が「お父さん」と呼んでいるのを見るあたり家族らしい。子供と大人ではいかに家族であっても、目だけで純粋さに差が出てしまうものだと実感する。
「お父さん、キャラメルポップコーン食べたい!」
「キャラメルは高いから塩味で我慢しなさい」
 親子の会話を聞く気はなかったが、聞こえてくるものまで拒むことは出来ない。メニュー表に視線を移すと、キャラメルポップコーンと、塩味ポップコーンの値段の違いは三十円だった。
 お父さんの三十円を渋る気持ちも分からないではないが、たまには子供の頃の純粋な気持ちを思い出してほしい。子供は大抵たかが三十円じゃないかと怒りを募らせている。
 しかしこの女の子は少し寂しそうな顔をしたと思ったら笑顔で口を開いた。
「じゃあ……我慢する!」
 何という聖人であろうか。その幼さにしてお金の価値を理解し、親の渋る気持ちを汲んでやるとは泣ける話ではないか。
 ここは私が三十円奢ってやろう。という気持ちにもなったが、実際にやっては不審者扱いになってしまう可能性が高いので、気持ちだけ親子に届けと祈った。
 目の前の親子がポップコーンとオレンジジュースを二つ注文し、会計を済ませて横にはけた。一歩前に進むと、店員さんがカウンターの上を軽く片付け、笑顔で接客を始める。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 店員さんの爽やかな笑顔には毎回感心してしまう。毎日何百人と他人の相手をしているだろうに、疲れた表情を見せつけない。私であれば、疲れたなら疲れたアピールを露骨な程に態度に表し、他人の同情を誘うだろう。
 そんな汚い私に向かってこの太陽のような眩しい笑顔。サンプル品を飾る棚から発せられる光も相俟って浄化されていくようだ。お客様より店員様の方が神様である気がしてならない。どんなにつまらないクレームや、失礼な態度をも許容する四次元ポケットのような懐。正に現人神なり。
 実際のところ、詰め込まれたストレスや理不尽をどこで解消しているのだろうか。いや、聞くのはよそう。知らぬが仏よ。
 映画の相棒となるジャンジャーエールとフライドポテトを買い、代金兼、お布施を店員さんに支払った。
 両手に相棒を抱え、上映時間まで椅子に座って待とうとしたが、全て埋め尽くされていて私が座る場所はなかった。よく見てみると、先程トイレで出会った女性と、その彼氏が座っている。彼氏は彼女の頬を手で撫で、彼女は彼氏の手にうっとりと蕩けているように見えるが、私が言いたいことはただ一つ。
 手は洗いましたか?
 素朴かつ重大な要素に疑問を浮かべながら、壁に背をつけ寄りかかる。私の他にも座る事の出来なかった同士達が悔しそうに立ったまま上映時間まで待機している。
 しかし彼らは座る事が出来なかった事に対して悔しそうにしているわけではなさそうだ。どちらかというと、椅子に座っていちゃついているカップルを目で殺すような勢いで睨みつけている。
 分からないでもない。
 だが悔し涙は誰も流さない。それが最後の意地だ。皆生まれたもったその両足で必死に大地を踏みしめ戦っている。主に己とだが。
 同志達に祝福あれと祈っていると館内放送が響く。
「私と亀が上映五分前となりました」

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