桜色の人鳥

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趣味小説【塩味映画館】・下

後編
【塩味映画館】・下
 ようやくだ。今日という日をどれだけ楽しみにしていたか。
 いざ、ゆかん。
 受付さんにチケットを渡し、入場。やはりあれだけ自己主張してきた映画、私以外にも沢山の人が来ていた。椅子取り合戦のような激しい攻防の末、ようやく席を確保。中段のど真ん中を陣取った。
 皆期待を抑えられないのだろう。あちらこちらから話し声が止まない。これも映画を見る際の醍醐味の一つだ。後ろからさっきの親子の声が聞こえる。
「これ面白いのお父さん?」
「ああ、コマーシャルを見ただろう。きっと面白いさ」
 何という事だ。娘が見たがっていた訳ではなく父親の方が見たくて来ていたのか。それに付き合う娘の聖人さ加減を改めて思い知った。
 私の目の前の席には先程のトイレカップルが座っている。
「俺……もう一回トイレ行ってくる!」
「私もついていくね!」
 お前らはもうトイレで結婚でもしてくればいい。それと手を洗ってこい。
 周辺から聞こえてくる会話を楽しんでいると、突然大音量で予告が始まり心臓を傷める。毎度の事だが、もう少し分かりやすい合図があった後に予告を流してくれないだろうか。
 さらに言うと来年上映の映画の予告は必要なのだろうか? 来年映像を流せばいいのではないだろうかと私は訴える。
 大音量の予告で耳を慣らし本編へと備える。
 一瞬映像が暗転し、映画泥棒の警告がはじまった。この後は遂に本編が始まる。他の人達も気づいたのか映像に集中しているようだ。
「法律違反です」
 淡々とした女性の声で映画泥棒が閉められ、本編が始まった。
 スクリーンには疲れ切った顔の男性が映し出された。どうやら仕事から帰ってきたらしい。部屋の中をカメラが円を書くように映し出し、男性が愚痴を零すどころか垂れ流している。
「なあ、どう思う亀?」
 男性は飼っている亀に向けて問いただす。映画の冒頭としては未だ特に問題はない。これから亀とこの男性はどうなるのだろうか。予告では男性と亀が殺し屋に狙われたり、爆弾の線を亀が食いちぎって爆破阻止していたな。ここから非日常にどう持っていく気か。
「確かに辛いよな、分かるよその気持ち」
 亀が……しゃべった。それも妙に低く、大音量のせいで腹に響く。
「分かってくれるか亀。お前だけさ俺の理解者は」
 男性も亀が話す事に驚く様子もなく会話を続けている。この異常な光景は何事だ。予告では一切話さなかった亀が本編の、それも冒頭でいきなり話し始めるとは思わなかった。それだけに衝撃が大きい。いや、これも演出と思えば許容できない訳でもない。それにお互い意思疎通がしやすい分、この後の展開でもそれが生きてくるだろう。
 しかしその後も男性のつまらない日常が延々と繰り返され、その度に亀に相談しては励まされの連続であった。
 流れ的にはドラえもんなのだが、残念ながら亀は未来から来たわけでもなければ不思議道具を収納するポケットがあるわけでもない。故にただただ延々と男性と会話するだけで、起承転結の起承が無限ループしている。
 そう思っていると、ついに転が現れた。男性と亀は夕暮れの河川敷を二人で歩いている。だがそれよりも亀にリードをつけるのはいいが、どうみてもタコ紐である。映画の予算でまともなリードを買えなかったのか。どこに予算を使った。予告か。
「亀、ありがとうな」
「どうしたんだい?」
 こころなし亀の口調がドラえもんだ。
「いつも俺の話を聞いてくれるじゃないか」
「気にするなよ。僕たちは友達じゃないか」
 飼い主とペットではないのか。
「でも俺……もう友達じゃいられないよ」
「どうしてだい?」
「俺、お前の事……好きになっちまった……――」
 飼い主とペットどころではなかった。どういう事だ。あの予告はどこへいった。殺し屋は? 爆弾解除は? というより亀は雄ではないのか。
 スクリーンに写る男性は渾身の演技で告白を済ませ、ポケットから指輪を取り出した。
「俺と結婚してくれないか?」
 亀は黙ったまま首を伸ばし、男性はその首に指輪をはめた。夕焼けの逆光によりシルエットとなった一人と一匹はそのまま唇を近づけ……画面は暗転しそこには衝撃の『終わり』という絶望の三文字が映し出された。
 私の楽しみと期待と時間を返してくれないか。今日の快晴は神のせめてもの慈悲だったのか。目の前のトイレカップルは何故か号泣。変人愛同士、分かるものがあったのか。後ろの親子の方へこっそり振り返ると、父親が男泣きをしている。娘の汚れのなかった目は、汚れたものを見てしまった故に濁って見えた。反対に父親の目は神聖なものを見たとばかりに澄んでいた。
 それだけでなく、周囲を見渡すと、嗚咽や鼻をすする音、涙をハンカチで拭くもので溢れかえっていた。私は私の感性を疑ってしまった。目をつむっていれば、男同士の同性愛の物語にしか聞こえない映画で何故感動できるのか。
 私には計り知れぬ深いメッセージが込められているとでもいうのだろうか。それなら誰か私に教授してくれ。
 皆立ち上がり館内から退場し始める。私もその流れにまじって退場しはじめた。歩いていると、あちらこちらで様々な賛美の声が上がる。
「心動かされる映画だった」
 確かに心は動いたがマイナスの方向へ動いたな。
「斬新で素敵な恋だったわ」
 斬新すぎてついていけなかったわ。
「監督は天才だ。この映画は名作だな」
 監督は天災だ。この映画は迷作だな。
 口には出さないが私は抵抗する。
誰も彼もが良かった良かったと口を揃えて言いはじめる。催眠効果でもあったのか? 一人くらいは私と同じ感性のものがいてもいいだろう。いや、一人いた。
 私は売店へと戻り買い物を済ませ、先程の親子を探した。もう帰ってしまったかと思ったが、意外とすぐ近くにいた。
 父親がパンフレット買おうとしているのをつまらなそうな目で娘は見ている。私は娘の方に近づいていき、先程購入したキャラメルポップコーンを差し出した。
「さっきの映画面白かったかい?」
 娘はキャラメルポップコーンを受け取り純粋な瞳で「ありがとう」と言うと、すぐ濁った瞳に早変わりし口を開く。
「つまらなかった」
 子供は正直だ。
 娘はそのまま頭を下げ、父親の所へ戻っていった。
 外へ出ると朝の天気とはうってかわって、雨が情けなさそうにふっている。
 傘は持ってきていなかった。
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