桜色の人鳥

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即興小説part22【兄】

時間:30分
お題:兄
要素:ブラウン管

【兄】
 兄がいる。兄が見ている。兄が話しかけている。兄が手を伸ばす。
 兄は届かない。
 時計を見ると時刻は午前一時。薄い光で部屋を照らす情けない照明が、そろそろ買い替え時だと自分を諦めている。照明の内側に影で映し出される多数の虫達だけは諦める事をせず、必死に外へ出ようとしているが、徐々に動く事をやめはじめた。
 木製のテーブルの前に座布団を置き、そこへ座りながら何をするでもなく部屋を眺める。自分以外に座ったことのないソファの上に穴のあいた枕が二つ、ソファで寝るようになってからはベッドを使っていない。シーツを最後に変えたのはいつだっただろう。
 半開きのクローゼットの隙間から闇が覗いているが、目を合わせては恐ろしい妄想をしてしまいそうで怖い。閉めたくても壊れていてある一定の角度からしまらなくなってしまっていた。
 勉強机の上には中古ショップで買った今は可愛らしくない日本人形が一人寂しそうに佇んでいる。見た当初は可愛らしく見えたのだが、いざ買って置いてみると不気味なだけであった。
 本棚には大量の本が無理やりつめこまれているが、実際に読んだ本は数冊だけだ。衝動買いして後悔する事が多い。
 ゴミ箱の中に沈んでいる食べ物のカスや、液体が混ざり合い形容しがたい臭いがするが、『原因』はそれだけではないだろう。
 兄だ。自分には兄がいる。自分が二十一の頃、兄は青森の五所川原へ移り住んだ。自分は兄を慕っていた。故にすぐに兄を追い、自分も青森へ移り住むことにした。
 兄は私を快くとまではいかないが、暖かく迎え入れてくれた。兄と一つの部屋で二人暮らしを始め、人という字を体現しながら支えあい生きてきた。
 しばらくして兄は変わった。ずっと怯えている。「何に怯えているの?」そう聞いても目すら合わせてはくれない。自分ではない何かを見ていたようだった。
 ある日、仕事から帰ってくると、部屋で静寂と狂気と兄が混じり合っていた。薄暗い部屋の中、血液と言う液体に体を染め、兄がベッドに寄りかかったまま座っている。音はない。呼吸音すら聞こえない。それなのに笑い声が聞こえてきたのは、兄の顔が笑っていたから。生死を確認するのが怖かった。
 それからまたしばらく、狂気じみた部屋は、一度血液で染まったとは思えない程普通になった。兄もあの日以来普通に自分に接してくるようになり、また平和な日常が戻ってきた。あの時兄が何に怯えていたのか自分には分からない。
 自分の向かいにあるテレビから楽しそうな笑い声が聞こえる。少し音質が悪いのが気になってしまう。いまだブラウン管テレビを使っているのだが、私は買い替える気はない。
 金がないのだ。おかげで照明以外の電化製品は全てコンセントをとっている。冷蔵庫が使えないのは不便だ。
「あはは」
 溜息をついた自分を見て兄が笑っている。目の前のブラウン管テレビの型に無理やり詰め込まれた兄が私を見て笑っている。顔の横から足がはみ出しているが、体はどうなっているのだろう。ミチミチと手を頑張って私に伸ばしている。
 でも届かない。
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