桜色の人鳥

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趣味小説【春糞靴】

 三月下旬、気温は例年を大きく上回り、桜の木達も季節を勘違いしたのか次々と花を咲かせ始めた。昨年の桜は四月の二十二日だったか。
 あちらこちらでは花見の準備に追われるヒエラルキー底辺の会社員達が、こぞって場所取りに専念している。口には出さないが皆、会社での地位を守るため静かな勝負を仕掛けるのだ。
 桜の木達はそれを見ながら唾を吐きかける代わりに、花びらを吹きかける。それを浴びた者たちは綺麗だと満足するのだからおかしな話だ。
 桜から見たら人間は、追い返しても追い返しても、もっともっとと近寄ってくるド変態マゾヒストに見えている事だろう。
 私はそんな奇妙な関係を二階の自分の部屋、その窓から眺め酒を呑む。変態プレイを見ながらの酒は美味いが人としてはまずいだろう。だがやめられないのが私という人間だ。
 少し視線を左へ移すと、小さな川があり、その河川敷では場所取りに失敗した者達が顔を真っ赤にし、涙と石を川へ投げ込んでいる。さながら賽の河原で石を崩す鬼のようだ。
 この後上司へ報告しなければならないという地獄が待っている。上司が仏様である事を祈ろう。南無南無。
 風に吹かれて一片の花びらが窓から入ってきた。その花びらはまるで生物のようにひらりひらりと舞い踊った後に部屋の真ん中へ落ちて動かなくなった。
 もしこれで飲んでいる酒の中に落ちたのなら風流だと胸を張って言えるのだが、悲しい事に現実はドラマのようにはいかない。
 私は落ちた花弁を拾い上げ、コップの中の酒に浮かべた。作られた風流もまた同じ風流よ。
 花弁が口にくっつかないよう、唇をすぼめ、すするように酒を呑む。
 再び窓の外へ視線を戻すと、一人の少女が楽しそうにスキップしている。その背中には太陽に反射して赤く光るランドセルがあった。
 私のいるアパートからまっすぐ道を進み、丁字路を右へ曲がれば小学校が見える。私も昔そこへ通っていた。
 ランドセルの汚れがないのを見ると、あの少女は新入生だろうか。少女の学生生活に幸あれと、酒を天に向け掲げてみる。飲みかけの酒を天に掲げるのも仏様が怒りそうだが、三度までは許してくれ。
 この時期になると何でもかんでも新しいものが出てくる。テレビや雑誌、インターネットでは「この春流行!」という言葉が尽きない。「春モデル」、「春限定」、ビールに限ってはパッケージが変わっただけだが。それでも買ってしまうのだから春の魔力は恐ろしい。
 何気なしに今朝配達された新聞とチラシの山から一枚適当にチラシを抜き取る。そこには春バーゲンと阿呆程大きな文字で書かれている近所の靴屋のチラシだった。
 チラリと玄関の靴を見ると、情けない程疲れ切った靴が二足だけ転がっている。そろそろ新しい靴を買って、今使っている靴には休んでもらおうか。
 今まで嗅ぎたくもない私の足の臭いを嗅がせて悪かった。せめて来世では綺麗なお嬢さんにでも使われるといい。
 手元の酒をぐいっと一口に飲みほし、出かける準備を始める。
 財布と携帯、後は靴屋の場所を間違えない脳味噌があれば靴は買える。玄関でボロ靴を履き、ドアを開け外に出る。これで今履いている靴とはお別れと思うと少し寂しい気持ちが湧いてくる。と、思っていたがそこまで悲しい気持ちにはならなかった。
 先程まで窓越しに見ていた景色と、二本足で立って間近で見る景色ではやはり間近で見る景色の方が美しい。桜の唾、いや花弁がひらひらと頭の上に降ってくるのを出来るだけかわしてみせるが、周りの視線が気になりはじめ、甘んじて唾を頭にうける。
 周囲の視線に耐える羞恥プレイか、唾を体に受ける変態プレイか、どちらかを選ばなければいけない世の中に乾杯、そして完敗。
 しばらく歩き、チラシで見た靴屋へ入る。店員が私に気付き「いらっしゃいませ」と元気よく声をかけてくれた。
 並んでいる靴をかるく物色するが、私は靴に詳しくはない。というよりファッション全体に疎い。故にどれを買えばいいのか分からない。値段だけみて無難なものを買おうとしたのだが、せっかくのバーゲン、出来れば良いものが欲しいではないか。
 品出しをしている店員を呼び、「良い靴が欲しい」と聞くと、「どのような靴をお求めでしょうか?」と聞かれてしまった。良い靴だともう一度いってもいいのだが、それでは店員を困らせてしまうだろう。良い靴の基準は人それぞれだ。靴屋側かわ見ても、お客個人にあった良い靴を提供したいはずだ。
 しかし私の中で良い靴の具体例が全くない。答えにつまづいていると、店員は気をきかせてくれたのかおすすめの靴を紹介し始めた。
 ランニング用のシューズや、蒸れない靴、靴擦れがおこりにくい構造だという靴など。どれもこれも魅力的ではある。しかし私にとって良い靴とはそういう事ではないのだ。そうもっと原始的な問題。
 なんであったかあれは小学校の頃。新しい靴を親に買ってもらい、私は友達に自慢しに外へでた。あの時もこんなふうに桜が散り、気持ちの良い風が吹いていた。犬の散歩をしている老人やジョギングをする若人。友達の家は走って十分程の場所にあり、靴の履き心地を確かめるには最適な距離だった。軽く走るように友達の家へ向かう途中、私はやらかしてしまったのだ。
 靴にとって、それを履く者にとって、今昔変わることなく紡がれる最大の愚行。
 そうだ。私にとって良い靴とはそういう事であった。私は店員に向かって良い靴の理想を伝えた。
「うんこを踏まない靴が欲しい」
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*Comment

桜 

桜の花びらが散るのは確かに風流です。
酒を飲みながらの観賞は一興あり。
後半のくたびれた靴の描写が伝わってきました。
良い靴ってどんなのだろうか……。
  • posted by さやか 
  • URL 
  • 2015.03/29 19:00分 
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