桜色の人鳥

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連載小説【人鳥と亀】-1

1話「美しい空」

 雲の上の青い空を突き抜けた向こうをさらに泳いでいくと真っ赤な太陽が現れ目を焼き、体を蒸発させ、海のプランクトンよりも細かくなり、宇宙を漂う。
 美しい想像をしようとしたのに、最後は死んでしまった。夢も希望もない。
 結局のところ、根が美しくない私は何をした所で汚くなってしまう。
 昔仲良くしていた奴も最近シャチに食われたらしい。自らファーストペンギンになるのは愚かだと言っていたのを彼は自分で忘れていたのだろうか。仲間の為に犠牲になった彼は美しい。
 この南極の空、私は自らがペンギンである事を許さない。
 考えるのが面倒になり、海の中へもぐった。もちろん安全確認は忘れない。
 水中を魚が何も考えていないように動き回る。こいつらのように自由になりたい。

 岩場で海を眺めていると、カシャリという奇妙な音と、一瞬の光が私をおそった。
 何事かと振り向けば、人間がカメラを持って私を撮影している。
 たまにある事だ。毎度のように私は何もしなくても彼らは喜ぶ。ならば自ら愛嬌をふりまく必要はない。
 中身など知らない方が可愛らしくうつる事の方が多いだろう。
 自分が可愛い事を知っている奴ほど一番厄介であり賢明だ。
 また背を向けそっと目を閉じた。

 目を覚ますと既に夕間暮れ、駆け抜けるように太陽が落ちるこの場所において、珍しい時間に起きた。
 沈む太陽を眺めるのもたまには良い。そう思ったが胃袋はそれを許さない。寂しげな胃袋が、魚を持ってこいと体を怒鳴りつける。
 もう少し待ってはくれないか? そう訪ねても胃袋には耳が無かった。
 軽く深呼吸をし、冷たい空気を肺に入れ、体を運動へと備える。
 だるいが、食わねば死ぬ。
 体に埋まった足をのばし、海を覗きこむ。ここからは特に外敵となる生物は見当たらない。が、出来ればほかのペンギンが飛び込むのを待ちたい。
 が、他の奴らの胃袋は落ち着いているようで誰も海に飛び込む姿勢を見せなかった。
 しょうがない。今回は私がファーストペンギンになろう。
 飛び込もうと体制を作ったその時、足元の何かを蹴飛ばしてしまった。蹴飛ばされたそれは海の中へ落ちてしまい、浮かぶことなく沈んでいく。
 私の下に氷の塊などあったろうか? まさか卵という事もありえまい。魚を捕るついでに余裕があれば確認してみよう。
 足をすりすりと滑らせ、落ちるように海の中へ。オキアミがびっくりしたように逃げる。
それを自慢の泳ぎで追いかけ捕まえる。水中生物だけが泳ぎに特化して進化したと思うな!
 我々は空を捨ててまでも海の中へ潜ったのだ。
 覚悟が違う。
 生半可な生物共を捕え捕食していく。胃袋がもう満足だと笑っているのを確認した。
 そのまま陸に戻ろうとも思ったのだが、先の蹴り落としてしまった物体の確認を済ませてからにしよう。
 浮かんできていなかったあたり、底の方に沈んでいるのか。
 一度海面まで浮かび、勢いをつけ、海底へ向かう。
途中オキアミが怯えていたが、今は安心するがいい。
 お腹が空いた時にまた怯えてくれ。
 海底の方へ目を凝らしたが、暗くて何も見えない。というより正直怖い。シャチが来る前にさっさと逃げよう。
 恐怖が興味を打ち負かし、急いで陸へ向かう。海面までもう少し、だがその少しが遠いのだ。おまけに妙に体が重い。お腹が痛くなってくる。
 運の良い事に外敵に襲われる事なく、陸まで上がる事が出来た。
 安心感からか、体の重みは消え、お腹の痛みは静かに引いていく。
 巣に戻る前に一度休もうか、そう思い足をお腹の脂肪の中に埋めていく。
 しかし、尻の居所が悪い。石でも挟まったかと、数歩下がると今まで居た場所に奇妙な石が転がっていた。
 緑がかった黒色で、楕円形。表面は規則正しく溝が入っており、そこを水が流れ落ちていく。
 横にくぼみがいくつか空いているのだが、そこから見える生物的肉が微妙に動いている。
 クチバシで軽くつついてみると、驚いたように筋肉が収縮している。
「貝か?」
 この奇妙な物体に語りかけてみたが、返事はない。代わりに穴から手足と思わしき肉体がのそ……っと出てきた。
「どうもカメです」
 なるほど奇妙な物体の名前はカメという『貝』らしい。が、頭はどこだ?
「カメよ、頭はどこだ?」
 カメは答えるようにもそもそと体を反転させ、穴をこちらに向けた。その穴からにゅっと頭を突き出してきた。と、思ったらまた頭を穴の中へ収納した。
「どうしてまた頭を隠すんだ?」
「私は貴方と違って体を覆う体毛はありません。寒いのです」
 そういうとカメは私のお尻の下にもぐりこもうとする。
 悪戯心で数歩下がるとカメはよちよちと一生懸命私に追いつこうとする。
「待ってくださいよ」
「どうして私が待たねばならないのだ」
「私を海に蹴飛ばしたくせに」
 まさかさっき蹴飛ばした物体はカメだったのか。
「それは悪い事をした。どうやって海から陸に上がってきたんだ?」
「ちょっと屈んでもらえますか」
 私は頭の中にハテナを思い浮かべながら言うとおりに屈みこんだ。
 カメは首を痛そうな程のばし、私のお腹に噛みついた。
 突然の事に驚き立ち上がると、カメはお腹に噛みついたまま振り子のようにくっついていた。
 お腹に痛みが走り、体がカメの体重で重くなる。この感覚を知っている。さっきまで海の中で感じていた痛みと重さだった。
 カメは口を離すと甲羅の中に瞬時に自分を格納し、ごろっと転げ落ちた。
「こういう事です」
 何処か自慢げに声を発するカメにもはや何も言う事はなかった。
「それでカメよ、ここら辺では見た事がないのだが何処からきた?」
「貴方をカメラで撮っていた人間がいたでしょう? 私はあの人間のペットとしてきていたのですが……置いていかれました。そこで眠っている貴方のお尻で温まっていたのです」
 何とも可哀そうな奴だ。黙っていれば餌が与えられ、ぬくぬくと暮らしていただろうに、突然こんな場所に連れてこられ置いていかれるとは、運が悪いのか人間が悪いのか。
 元を辿れば神が悪い。
「そうか、お前も大変なのだな。では達者で生きろ」
 私は振り返り、自分の巣の方へ歩き始めた。気にならない訳ではないのだが、私にはどうする事も出来ない。情が湧く前に去ってしまうのが一番だ。
 今カメはどんな顔をして私の背中を見ているだろうか? 非常に非情な奴と私を軽蔑したか。一歩一歩が重く感じてしまうのは何故だろうか。尾羽を引っ張れるような感覚に陥るのは何故だろうか。
 一度だけ、一度だけ振り返ってみよう。それでもし寒さに震えていようがシャチに襲われていようが、私には関係ないと割り切って逃げるのだ。
 しかし実際にそんな光景を見ようものなら私はどうするだろうか―……。
 自分の足跡を振り返るようにゆっくりと顔を上げ振り返る。
 ―そこにカメはもういなかった。
 これでいい。姿が見えないだけマシだ。良かったいなくなっていてくれて。
「ハァ……」
安堵しているはずなのに溜息をついている自分に腹がった。
「溜息なんかついて、どうしましたか?」
 背後からカメの声が聞こえた。
 まさかと思い振り返るがやはりカメはいない。気のせいだったのだろうか。
 私は自分でもよくわからないごちゃごちゃした気持ちを抱いたまま巣へ戻った。

 巣の上で今日を振り返る。しかしカメの事が思い出されやはり落ち着かない。
「寝よう」
 誰にも聞かれるはずのない呟きにどこか寂しさを感じながら首を折り曲げ立ったまま睡眠体制をとる。
「立ったまま寝るんですか?」
 突然カメの声がはっきりとお尻の方から聞こえた。
もぞもぞと振り向くとそこにはカメが頭を少しだけ出して私を見上げていた。
「どうしてここにいるのだ」
「貴方相当鈍いんですね。尾羽に噛みついて私が引きずられているというのにまったく気づかないなんて」
 巣につくまでの間、尾羽を引っ張られるような感覚があったが、心の問題ではなく物理的な理由だったのか。
 また話が出来ている事を少し喜ばしいと思っている自分に驚く。食べる事も出来ない、巣の材料にもむいていない、何か役に立つ訳ではないカメをどうして追い払おうとしないのか答えが出ない。
「何をボーっと考えているのですか?」
カメが不思議そうに私を見上げる。
「ずる賢い奴だと思ってな」
「褒め言葉として受け取らせて頂きますよ」
 カメは私のお尻の下に潜り込むとそのまま眠ってしまった。
 私は雲一つない星空を眺めながら思う。
 美しい―。
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