桜色の人鳥

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連載小説【人鳥と亀】-2

2話「普通とは」

 太陽光が瞼を嫌がらせのように眩しくさせ、私の不機嫌な脳をさらに怒らせる。腹は減っているがここで目を覚ましてしまえば太陽に起こされたようで気に食わない。
何物にも縛られず自由を私に! 私は断固として起きない所存である!
「貴方相当寝起きも悪いんですね」
 カメか……私はカメにも縛られない自由なペンギンだ! カメが何を言おうが起きてたまるか!
「起きてください。お腹が空きました」
 私の知った事ではない。
「貴方の仲間達は既に起きてご飯を食べていますよ」
 私は他のペンギンとは違う。知ったことか。
 というより、普段はのろのろとペンギンよりとろい癖に、何でこう早起きなのだ。
「噛みますよ」
 『カメ』に『噛め』るものなら噛んでみろ。私は決して音をあげ―。
ミチィ……。
「うっ……」
 下腹部の辺りに擬音で表すとミチィっとカメが噛みついた。
 想像以上にねちっこく鋭い痛みに思わず音をあげてしまった。
 自由を求めるにはそれなりの代償がいるようだ。
 今日からカメの分の飯まで捕らなければならないのか、そう考えるとまた眠気が襲ってくるが、何事も動かなければ始まらない。
「カメは何を食べるのだ?」
「貴方が捕ってきたものを食べますよ」
 中々利口な『貝』だなカメは。ここで我儘を言おうものなら、もう一度海に蹴飛ばしてやろうと思っていた。
 カメを巣に置き去りにし、海の方へ向かう。途中仲間の群れを発見したので、最後尾に付いた。
決して前を歩く仲間を抜かぬよう、ゆっくり自然に何食わぬ顔で。
一番前を歩くペンギンが海の中へ一気に潜りこむ。続けて周りの仲間達も……飛び込まなかった。
海が血で染まったから。
飛び込んだペンギンは二度と浮かんでこなかった。
皆それを確認し、違う餌場を求めて歩き始めた。私もまた最後尾を歩く。
誰もが自分ではなくてよかったと安堵し、振り返るような事はしなかった。
いつまでも感傷に浸って飯を捕れなくなるくらいなら、犠牲を普通のものとし生きながらえる方が賢明だ。そして誰もがそれを実践している。

 その後、別の狩場にて安全を確認し、皆で飯を捕った。
 例の如く胃袋が満腹を訴えてくるが、ここで終わらせてはいけない。面倒な事にカメの分まで捕らねば。
 何故私がここまでカメの為尽くさねばならないのか分からないが、答えが出るまではいいだろう。
 いつもより二割ましで餌を食べ、仲間とはぐれそのまま巣へ戻る。
 カメは体を甲羅の中にしまいこみ、巣の一部と化していた。
「戻ったぞ」
 声をかけると、カメは頭だけ甲羅から覗かせた。
「寒いと眠くなるのです」
「お前が眠気と戦っている間、私は餌をとってきた」
「お疲れ様です」
 皮肉というものを理解していないのか。それともわかってる上で、会話しているのか。こいつこそ何物にも縛られず自由に生きているのではないか。
「出かける前より太りました?」
 おまけにカメは脳味噌と口が直結しているのであろうか? 少しは言葉を選べ。
「カメの分の餌を運んできた」
「脂肪の間にですか?」
「どうやら欲しくないようだな」
「渡さなければ貴方はデブのままですよ」
 カメには口で勝てぬ。
 私は口を大きく開くと、巣にかからぬよう、胃袋の中身を吐き戻した。
 子供もいないのに、子育てをしている気分だ。
「さあ、飯だ」
「どれがですか?」
 私はたったいま吐き出した吐瀉物をクチバシで指した。
 カメは不機嫌そうな顔でもそもそと吐瀉物に近づいてきた。
「嫌がらせではないですよね」
 何の事を言っているのかカメは。餌を運ぶとしたらこの方法しかないだろうに。
「次からはクチバシに魚をくわえて持ってきていただけると嬉しいです」
 そういうとカメは私が与えた飯をもくもくと食べ始めた。不機嫌な顔と一生懸命食べる姿に、まるで私が無理やり食べさせているような罪悪感が湧いた。
 環境も違えば食べる物も食べ方も違う。カメは自由なんかではなかった。与えられた環境で必至に生きようとしている。
「次はくわえて来よう」
 私はカメに聞こえない程度につぶやいた。
「ありがとうございます」
 聞こえていたようだ。

 そろそろ日が沈む。私と同様、太陽も疲れたのだろう。遠い所で海の中へ潜っていく。
 それをお尻の下から顔を出しているカメと眺める。
 太陽を見ながらカメは何を思うのだろうか。置いて行った人間を恨むか、愛しく思っているか。以前の生活を懐かしみながら現状を恨むか。
 人間を恨み現状も恨むか。
 今日の事を振り返ると、やはり飯の事を思いだす。私とカメでは種族も違えば生きる環境も違う。そんな単純な事ではあるが、私は自分の環境をカメに押し付けてしまった。
 これが普通であると思っている時は、大抵間違っている事の方が多い。
「カメは以前どんな生活をしていのだ」
 聞いても良いものか悩んだが、聞かねば分からない。
 カメは長い一呼吸を終え語り始めた。
「こことは違ってあったかいですよ。黙っていれば餌も貰えました。今でも黙っていれば貴方が持ってきてはくれますが。小さい水槽の中で一日中目を閉じて眠るんです。きっと貴方には想像も出来ないほど暇でつまらない毎日でした」
 私はここ以外の場所を知らぬのだから想像も出来ないのは認めよう。しかし私にとってこの場所は暇でつまらない場所であり、一日中眠れるというのは素晴らしい話だと思う。
「カメは今楽しいのか」
「寒いですが、水槽の中より楽しいです」
 ここが楽しいのか。私には理解できないが、互いにないものねだりなのだろう。
 ただ偶然的にもカメは貝に、私はペンギンに生まれてしまっただけだ。
「カメを飼う人間なんて珍しいな」
「どうしてです?」
「貝を飼って何が楽しいのだ」
 カメは呆れた顔で私の尻に軽く噛みついた。
「なんだ?」
「貴方相当阿呆ですね。私はカメという生物であって貝ではありません」
 これが普通であると思っている時は、大抵間違っている事の方が多い。
 改めてこの胸に刻み込もう。
 カメは貝ではなく、カメはカメだった。
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