桜色の人鳥

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掌編小説【目標】

【目標】

目標

 人は人生に何かしらの目標を作ることによって、楽しみや活力を得たり、自分の生きる意味を見出す。
 どこかで誰かが目標のない人間を馬鹿にした。何の為に生きているのかと。
 どこかで目標のない人間がそいつに反論した。好きで生きてる訳じゃない。
 お互い相手の話を理解しようともしない。故に口論に意味はないのである。それでも現代までこの口論が続いているのは何故だろうか。
 相手の事を理解しようと努力はしないが、自分の意見は理解してほしいという傲慢。自分こそが正しいと証明しようとする自己満足。
 考え出せば沢山の説は出てくるが、結局誰もが阿呆なだけなのだろう。
 私はそんな阿呆の中の、目標を持たぬ人間である。いや、以前はそうであった。今は明確な目標を持って人生を生きている。

 今日も朝から目覚ましが騒ぎ出す。時間は7時、私は軽く朝食を済ませ会社に行く準備を始めた。
 少し皺のよった紺色のスーツを着込み、鏡を見ながらネクタイの位置を整える。昨日磨いたばかりの革靴を丁寧に履き、玄関のドアノブに手をかける。すると今起きだして来たのか、私の妻が眠そうに眼を擦りながら玄関の前を通りすぎた。
 妻はまだ完全に開かない目で私を見ながら「いってらっしゃい」と冷たい声をだす。私は妻に満面の笑みを浮かべながら「朝ごはん作っておいたよ、行ってきます」と、言って家を出た。
 会社は歩いていける位置にあるが、私は人生の目標を達成する一環として、自家用車を使い決して歩かない。
 会社につくと、上司が近づいてきて私に仕事を押し付けてきた。明らかに私が手を出す範囲ではないのだが、上司に任されたからには断るわけにはいかない。
 私は「頑張らせて頂きます!」と、笑顔で答えた。上司はそんな私を見て「君はいつも元気が良くて気持ちいいな」と、そのまま自分の席に戻っていく。
 私は自分の仕事と押し付けられた仕事を淡々と片付けた。
 後日、上司に押し付けられていた仕事に、ミスがあったらしい。私はそれに気づかないまま提出してしまっていた。
 上司に呼び出され、皆がいる前での説教が始まる。素直に謝り続ける私が気に食わないのか、説教はいつの間に私に対しての誹謗中傷へと変わっていた。
 だが私は何を言われようが気にしない。何故なら私が人生の目標を達成した時、このような日々の悪い出来事などちっぽけな事に過ぎないのだ。
 その日、数時間にわたって怒られた私は、結局自分の仕事を終わらせるために残業する事になった。
 同僚の仲間が帰り際に「よく耐えられるな……大丈夫なのか?」と心配そうに耳打ちをしてきた。私は「些細な事だよ」と笑うと、同僚は「お前は本当に前向きだな」と呆れていた。
 今は確かに前向きかもしれない。だが以前の私は前向きとは反対側にいた人間だった。
 
 今の会社に就職する前の話。私は鬱病にかかっていた。仕事もせず親か仕送りを貰い、目標もなく毎日引きこもってかろうじて生きていた。
 そんな日々がいくらか続いたある日の事。唯一仲良くしていた友人が死んだとの知らせを受けた。私は悲しみに暮れ、なおさら人生に絶望した。
 友人はとても才能溢れる男で、よく私に「俺はいつか海外で俳優になりたい」と、人生の目標を語っていた。
 そんな男が何故死んで、何故私が生きていなければならない。
 悲しみに暮れながら、私は友人の葬式に顔をだした。外に出るのは嫌であったが、最後に友人の顔を見たかったのだ。
 棺桶の小窓を開け、アクリル板ごしに友人の死に顔を見る。死に化粧を施された顔は、ただ眠っているだけかのように錯覚させた。
 だが、鼻に脱脂綿が詰められているのを見ると、やはり悲しくなる。
 じっと友人の死に顔を見ていたその時、私は気づいた。
 死んだ友人の顔はとても穏やかで満足そうではないか。目標を達成できずに死んだというのに。
 そこでさらに私は気づく。
 そうか、誰であっても人生の最終目標は「死」ではないか。友人はその最終目標の間に俳優という目標を作ったに過ぎない。友人は俳優という目標を飛び越して最終目標を成し遂げたのだ。だからこんなに穏やかな顔をしているのだ。
 それから私は鬱病を脱した。私にも人生の目標が出来たからだ。活力にあふれ、人生に楽しみを持ち始めた。そう、私の生きる意味とは死ぬ為に生きている。私の人生の目標は死ぬ事だ!
 その後、私は就職し結婚もした。
家事を全くしない冷たい妻と結婚した理由は、いつか邪魔になった私を保険金目当てで殺してくれないかというちょっとした宝くじ気分で結婚した。
 歩いて通える場所にある会社に自家用車で通うのは、歩くことによって健康になり寿命が延びないように気を使っているから。
 日々どれだけ嫌な事があろうと、上司にどれだけ理不尽な事をされようと、どうせ死んだら関係ない事だ。むしろストレスが引き金になって病気でも発症してくれないだろうか。
 今日も私は死ぬ為に前向きに生きています。
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