桜色の人鳥

適当理論と小説置き場。たまに日記。小説を読むときはカテゴリ「目次」から。

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今の記憶

 視界は光化学スモッグだかなんだかよく分からない、白く所々黒いマーブル状の霧で覆われていて自分の手さえも見えない。
 もしここで何本に見える? そう目の悪い人間に向けて指を数本たてて問いかける阿呆がよく好む遊びをやったとしたら誰も答える事はできないであろう。なにせ見えぬのだから。       
 何故こんな場所に私がいるのか。それは何百年前の話だろうか。いや何千年前だ! と主張する奴もいる。はたまたこの星が生まれた頃からだと主張する阿呆もいる。つまる所詳しい記録は残っていない。もし記録が見つかったとしたら大発見である。
 しかし記録がなくともそれはあった。その時代はあった。

 そこには青い空があった。綺麗な空気が、自然が、街が、文明があった。
 人々は私が被っているような無骨なカビくさいマスクなんぞつけなくとも息が吸えた。私が来ているような分厚い防護服を着なくとも太陽の下を歩くことができた。
 仰ぎ見れば首が痛くなってしまうような建物が呆れるほど建っていた。水を飲もうと思えばいつでも飲めた。腹が減れば好きなものを食べることができた。何一つ警戒することなく阿呆のように眠ることができた。
 もし現代で熟睡することができる者がいるとしたらよっぽどの阿呆か死ぬ覚悟が出来たものだけである。
 このような時代があったことを初めは私も信じる事が出来なかった。なにせ記録がないのだ。
 しかし私は見つけた。

 私がまだ仕事にもつかず、つまらない地下都市で死ぬ勇気もだせず右往左往していた時のことである。
 私には家がない。元々絶滅寸前だった人間が蟻のように地下で増え続け産めよ孕めよと引き際を忘れ繁栄という言葉に憑りつかれたからである。
 人一人あたり一畳半程度のスペースしかないほど人口は増えたのだ。
 しかし本当に一畳半のスペースが与えられているわけではない。実際は焼いたらあたり一面を火の海に変えてしまいそうなほど脂の詰まった人間爆弾のように太った裕福な奴らが必要以上に大きな豪邸を建て、自らの自己顕示欲をこれでもかと露呈させているからである。
 都市に入りきらない人間は地上へ出て交代でまた地下へ潜る。そうして地上の汚れた環境によって寿命を削り死んでしまう。
 明日は私が交代で地上へ出される番であった。これで地上へ出るのは三回目である。過去二回は無駄に動き回ることで呼吸を乱し身体に有害な毒素をためるのを避けるため極力動かないようにしていた。
 まだ見ぬ浪漫、幻想郷、楽園を探しにいくと言ってそのまま戻ってこない馬鹿もいた。しかし私は馬鹿ではない。明日も槍が降ろうが糞が降ろうが耐えようと心に決めていた。  
 しかし実際に降ってくるのは、いつ死ぬかわからない恐怖だけである。

 そして私は数ヶ月ぶりに嫌々地上へ出た。
 太陽の光はスモッグに遮られ屈折し死神が手招いているように見えた。目に入る色は灰色一色たまに見える赤は誰かが吐いた血であろう。もしくは殺されたか。 
 この世界には人間以外の生物はいない。ならば人を殺すのもまた人である。
 私は近くの瓦礫に隙間を見つけそこに身を潜め息を殺し腕で足を抱きしめた。私が何かを抱きしめるのは癖である。何かを抱きしめないと心が潰れてしまいそうになる。あるときは自分のパンツを、またあるときは空気を抱きしめた。
 どれほど時間がたったか、体制を変えようと動いたとき背中に何かがあたった。
 背中にあたる何かが私の命を奪う者の手に思えて、私は恐怖に支配されその場を動くことが出来なくなった。
 しかしまったく気配がない、それと異様に背中に触れている何かが硬い。後ろに手を伸ばしそれに触れてみたが反応はなく手触りは錆びた鉄のようだった。
 心を落ち着け振り返ると、それは手の形をしており五本の指が何かを握っていたかのように半開きになっている。よく見ると腕らしきものが奥に続いていたが、途中で切れていた。
 もし本体があるならこの近くであろうか? 私は好奇心で探してみようと考えたが怖いのでやめた。しかし見れば見るほど奇妙である。
 大量殺戮マシーンが突如この地上の街へ降り立ち人々をありとあらゆる兵器を使い惨殺し、母親がわが子を庇い逃がすも母親を指一本で殺したマシーンは子供に追いつき手首をつかんだ!
 などと半開きになったその手をみながら妄想して過ごしている内にまた交代の日が来た。

 地下へ戻ってからも私はあの手が気になって仕方がなかった。次に地上へでたら本体を探してみるのはどうだろうか? しかし歩き回って死ぬのは嫌だ。それでも気になる。
 私は都市を歩き回りゴミを集めた。捨てられた軍手、長靴、空き瓶等々。
 生まれてから一度も褒められたことがなく何一つもっていない私であったが、手先だけは器用であった。
 集めたゴミでマスクと防護服を作った。ゴミで作ったので性能は信用ならないがないよりマシであろう。
 見た目は無骨で被るとカビと土臭い。しかし私の心は不思議と高揚感で満たされいつのまにか地上へ出ることが楽しみになっていた。

 あの手は同じ場所にあった。空に向けて開いている手はまるで私を待っていたかのようだった。
 私はその手と自分の手をつなぎ腕の部分を地面に擦りながら歩いた。何故わざわざ手をつないだのかは私にも不思議だったが自然とそうした。
 この腕の本体はどこにあるだろうか?
 適当に歩いていると不思議な形の造形物が瓦礫の隙間から顔を出していた。
 長い板を綺麗に十字に組み合わせてある。若干縦の木の板が長い。
 これは何だろうか?
 周辺の瓦礫の下には大きな鐘があった。もしこれが建物としてまだ存在していたならどんな建物なのだろう。
 不思議な造形物と大きな鐘に目を奪われていたせいで、飛び出していた瓦礫に足を取られ転んでしまった。
 不幸なことに膝の部分の防護服が破れ膝に小さな切り傷を作った。
 死を感じた。この切り傷から病原菌が侵入し私の体を駆け回りその足跡には激痛を残し死んでしまうだろう。しかし不思議なことに恐れはそれほどなかった。
 いざ死ぬとわかるとこんなものか。どうせ死ぬなら今手をつないでいる手の身体を見つけてやりたい。
 そう意気込んで立ち上がろうとしたところ探し人、いや探しロボットはすぐそこにあった。
 片腕のない錆びついたロボットが転がっていた。

 私は丁寧にロボットを抱き起してやった。私より小さいそのロボットはそれなりに重く、持ち上げるのに苦労した。
 胴体は円柱状でそこに半円型の頭がついており足はローラーであった。全体的に丸みのあるロボットの頭に小さなレンズがついており、お腹には取っ手がついている。
 私は取っ手に手をかけ力を入れて思いっきり開いた。
 中は液晶パネルと少しのボタンがあるだけである。
 もはや電気が残っているわけはあるまいと電源スイッチを押すと液晶パネルに映像が映った。しかしロボットは動かないあたりパネルに映像を映す程の電力しか残っていないらしい。映像選択と表示されているが、ファイルは一つしかなかった。
「MEMORY」

 小さな「女の子」が、何がそんなにおかしいのか大きく口を開け笑っている。
 それを温かく見守っている男女の二人組。小さな女の子の前には白い円形の物体が置いてあり、妙にカラフルな蝋燭が火を揺らしながら五本刺さっている。
 女の子は顔が赤くなるほど息を吸い、また顔が赤くなるほど息を蝋燭に吹き付け火を消した。
 映像が暗転した。
 女の子は少し大きくなっていた。カメラを見上げながら無邪気に笑っている。
「大きくなったらパパと結婚する!」
 パパとは何か? 結婚とは何か?
 また場面が切り替わる。
 女の子はまた大きくなった。髪も少し伸びていてとても可愛らしい。
 後ろの二人組に向かって抱きつく。
「パパ!ママ!だい好き!」
 男女の二人組はニコニコ笑っている。女の子も笑っている。眩しい、温かい太陽のようだった。
 場面は切り替わりさらに大きくなった女の子はカメラと同じ高さで泣いている。男女の二人組は、パパと呼ばれていた男性の方が消え、ママと呼ばれていた女性一人になっていた。
 女の子はカメラに向かって話しはじめた。天国、いつまでも、ありがとう、そんな言葉を叫ぶように搾り出している。
そして映像は眩しい空を映し、上から「女性」が覗き込む。
「小さいね」
 彼女はそう悲しそうにそしてどこか嬉しそうに小さい頃と変わらない笑顔で笑った。
 カメラが回りを映しだす。そこには青い空があった。綺麗な空気が、自然が、街が、文明があった。純白の建物、屋根には不思議な形の造形物、大きな鐘そしてたくさんの人々。 
 その中心に見知らぬ男性と腕を組む彼女。
 それはまるで彼女が小さいころ、いつも後ろにいた男女の二人組を思わせた。
 鐘が大きく響く、巻き起こる拍手、優雅に舞う花、どこまでも美しい映像だった。
 そして彼女はカメラに向かって手を伸ばした。「カメラ」は手を伸ばし彼女の手をつかんだ。
 その瞬間大きな爆発したような音が鳴り響き屋根が落ち、悲鳴が渦巻く。
 崩れた屋根の隙間から飛行する「物体」が「何か」を投下しているのがかろうじて見えた。
 カメラは彼女を引き寄せたが、爆風により自らの腕ごと彼女は吹き飛ばされていった。
 そこで映像は終わっていた。

 私は右手に握っているロボットの手を見た。それは誰かの手を握っていたかのような形のままかたまっている。いや実際握っていたのだ。
 私の見た映像はいつの時代のものなのだろうか。この時代にもう知る術はないのだろうか。いや、あったとしても私にはもう時間がない。
 だから私は死ぬまで夢を見ることにした。
 初めて安堵して眠った。初めて夢を見た。私はパパとママ呼ばれていた人間と一緒に笑う。パパとママも笑う。それはとても暖かく、そして何よりも美しい。

 眠る男の横でロボットもまた永遠の眠りについた。
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