桜色の人鳥

適当理論と小説置き場。たまに日記。小説を読むときはカテゴリ「目次」から。

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真心を込めましたので死んでください

私はお風呂で良く考え事をする癖があります。
トイレの個室で考え事をするという人がいますが、それのお風呂版だと思ってください。
そして今夜私は「真心」について考えていました。
そして考えれば考えるほど怒りがたまっておもわず「ファック!」と叫び散らす始末。
真心


真心ってのはどういう事なのか?
真心:真実の心。偽りや飾りのない心。誠意。「―のこもった贈り物」「―を尽くす」

誠意という意味があり、使い方もまた真心を込めた贈り物などという俗なテンプレートが存在する。
良い意味でばかり使われる言葉ではあるのだが、少し考えてみてほしい。
「真」の「心」と書いて「真心」
つまり本心である。しかし本心というものがいつも良いものであるとは限らないではないか。
言葉で「楽しい」と言いつつ本心では「つまらい」というように真の心というものは悪いものにもなりうる。
それだというのに、真心を込めてなんて当たり前のように人は口に出すのだ。
それは人によっては「悪意を込めて」という意味で理解してしまうかもしれない。

真心などと一言で片づけるのは少し言葉が足りないのではないだろうか。
言うなれば「お客様に美味しいと喜んでもらえるようにと真心を込めて」と宣伝してくれた方が気持ちがいい。
あるいは「貴方が死ぬようにと真心を込めて祈りました」と言ってくれても良い。

だが真心には誠意という意味があるではないかと思うだろう。では次の問題として誠意とは何か?

誠意:私欲を離れて正直にまじめに物事に対する気持。まごころ。

正直にまじめに悪意をもっている。それもまた誠意という事だ。むしろ悪意があるのに嘘を吐く方が不真面目ではないか。
誠意には真心という意味があり、真心には誠意という意味がある。どちらも同じではあるが使い方がおかしい。
何故誰もこの事を指摘しないのだ!

誰かこの怒りを共有できる者はいないものか!
いたのならば握手をしようmy friend!
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